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「もう少し、楊儀と上手く付き合う事は、出来ないか?」
楊儀。その名を聞いた瞬間はっきりと、自分の内に憎悪の色が浮かんだのが分かる。
どうにもいけ好かない男であった。軍中における軍備の確保や配分をこなしている、いわば、諸葛亮の右腕とも呼べるような人物である。
才能や実績だけを見れば、その功績は抜きんでていると言っても良い。今まで常に劣勢である蜀軍が、例え一兵卒に至るまで、決して兵糧や武具に困ることが無かったのも、この楊儀の手腕によるところが大きかった。
ただ、その人間性には癖があり、周囲からも相当嫌われていた。特に魏延は、楊儀を嫌悪している人間達の筆頭である。楊儀と会えば常に口論となり、時に、剣を抜いて脅しをかけることすらあった。
「あれは、軍人を、死んで初めて役に立つ穀潰しだと、はっきり口に出す事がある。確かに奴の功績は認めますが、前線で命の掛け合いをしたことも無い者が、たった一人の兵にも敬意を払おうとしない、私はそれが許せぬのです。常に、戦場に身を置いた者として、決して」
「ただ、才はある。魏延よ、そなたと楊儀が力を合わせてくれさえすれば、私が戦地に赴く必要も無くなるのだ」
「私ではなく、楊儀に仰っていただきたい。丞相以外の話を、奴は聞こうともしませんので、私がどうこう出来る話ではございませぬ。では、巡察に参ります、御免」
それは、魏延も同じであろう。諸葛亮はそう言おうとして、止めた。
壮年の闘将の心には、未だに劉備が燦然と輝いている。楊儀が諸葛亮の話にしか耳を傾けないのと同じく、魏延もまた、劉備以外の人間を石ころの様にしか思っていない。例え魏の皇帝であろうと、劉備と比べれば石ころと同じなのだ。
しかし、劉備は既に、死んでいる。
「魏延よ、折れてくれ。つまらぬ、意地ではないか」
祈る様に、幕舎を出て行った魏延に向けて、諸葛亮は小さく呟いた。
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