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翌朝のタロウの散歩は、姉に代わって貰った。 結局、一晩泣き腫らしてしまった陽太の顔を見た姉は、深く追及することなく、一つ貸しよ、と言って散歩を代わってくれた。 鷹城はいつものように陽太を待っていただろうか。 気になったけれども、散歩から帰って来た姉は全く普段どおりで、アオイに似たイケメンに会ったとかそういう興奮はしておらず、淡々とタロウに水を上げ、バイトに行ってしまった。 散歩してるのが陽太ではないことに気づいた鷹城が、姉に遭遇する前にすぐに帰ってしまったのだろう、とそう思った。 鷹城はどう思っただろうか。 彼と散歩するようになってから、陽太は一度も姉に散歩を代わって貰ったことはない。 いや正確には、鷹城の家に泊まったり、鷹城と夏のフェスに泊まりで出かけたりしたときは、たぶん姉が代わりに散歩してくれていたはずだけれども。 俺の可愛い天使。 彼の甘い声でそう呼ばれない日は、考えてみたら、出逢ってから一日だってなかった。 鷹城だって、いくら自由に時間が使える仕事だとしても、毎日欠かさず陽太に会いに来る時間を作るのは大変だったのではないかと、今更思う。 それだけ、陽太に会う時間を大切にしてくれていたのだ。 会いたいと思ってくれていたのだ。 スマホの電源は昨日から落としたままだ。 陽太は、その真っ黒な画面を指でなぞる。 明日からは学校が始まってしまう。 もしも、鷹城がセージだと特定されていて、終業式の日に陽太を迎えに来ていたひとだとバレてしまっていたら。 どんな騒ぎになるだろうか。 そのとき、来客を知らせるインターフォンが鳴った。 平日の昼間に来るのなんて、宅配便ぐらいなものだ。 今日は誰であっても人に会う気持ちになれない。 できれば宅配ボックスに荷物を入れていって貰いたい。 居留守を使うか。 陽太はのろのろとマンションのエントランスのカメラが写すその相手を見る。 心臓が止まりそうになった。 アッシュグレーの髪に、伊達眼鏡から覗く灰青色の瞳。 もちろん、鷹城だ。 応答がないことに焦れるように、そのひとのその長い指が伸びて、再び呼び出しボタンを押す。 カメラ越しに、陽太に向かってその指が伸ばされたような気がして、彼は胸が締め付けられるような痛みを覚えた。 その指に触れて欲しい。
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