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1 保健室での身の下相談
浅利海渡が土曜の午後を保健室で過ごすのは、汐入汀とのことを保険医の渥見日向に相談して以来の習慣になっていた。
「・・・この、清水学園での生活にはすっかり慣れたかい?浅利君」
「はい。先生が色いろと相談に乗ってくれたんで、大丈夫です」
クラスメイトの汐入も浅利と同じく転入生で、それがきっかけで二人は付き合い始めたのだが・・・
渥見の、眼鏡のレンズ越しの瞳が暖かいものから、一瞬だけ熱いのへと変わった。
「もう、汐入とは個人的には会っていないんだよね?」
渥見の言葉は質問と言うよりは、確認、もっとハッキリと言うならばダメ押しだった。
浅利は黙ったままでうなずく。
汐入と浅利とが付き合ったのはほんの一時期だった。
汐入の、文字通り傷口に塩を塗り込むかのような辛辣な性格は、自分の殻に閉じこもっていた浅利には荒療治過ぎた。
身も心もボロボロになり掛けた浅利は、渥見に救いの手を求めた。
渥見は温かく優しく傷付いた浅利の心を癒し、固く閉ざしていた体をも開いてくれた・・・
そのことは浅利にも分かり切っていたが、言った。
「はい。でも、先生・・・」
「何だい?」
「彼が汐入が、ぼくの中に溜まりにたまっていたモノを吐き出させてくれたんです!彼がいなかったら、ぼくはとっくにダメになっていた。それに、彼は洋従兄にそっくりで・・・ぼくが育てて包み込んでくれていた、大きくてたくましい洋従兄に」
ウットリとした浅利の口から彼の従兄の名前が出ると、さすがの渥見も穏やかな表情を揺らがせた。
家庭の事情とやらで、幼い頃から世知辛い世間の荒波に揉まれ続けてきた浅利は、従兄からの厳しい仕打ちすらも愛情へとすり替えてしまっていた。
渥見はけして熱くなり過ぎないように気を付けながら、浅利へと告げる。
「浅利君、従兄とのことも汐入とのことも忘れるんだ。君にとっては塩辛い・・・いや、辛いことかも知れないが。君は、彼らとずっと一緒に居ることは出来ない。元もと棲む世界が違い過ぎるんだ」
浅利は渥見へとうなずいてみせた。
「はい。先生。スッキリはしたけれど、やっぱり塩辛かった・・・いえ、辛かったです」
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