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「大野君、立花さんを泣かせてるぜ。何をしたんだよ」
斜め前に座っていた増田紀夫が言う。
「梨華ってさあ、こう見えて繊細なんだから無神経なこと言ったらダメなんだからね」
梨華の横に座っていた持田早苗が泣いている梨華の肩を抱きかかえるようにしながら純一を睨みつけて言う。純一は自分がすっかり悪者扱いされていることに憤慨する。
「ちょっと待ってよ。俺は何も悪いことしてないから」
「じゃあ、なんで梨華が泣いてるのよ」
「そんなの知らないよ」
濡れ衣を着せられた純一は席を立ち、他の席へと移動した。
翌日の昼休み、案の定、梨華から予想通りのメールが届いた。
「昨日はごめんなさい。私、全然覚えていないの。ひょっとしたらおかしなこと言ったかも知れないけど、忘れてね」
今度は『忘れてくれ』だと。なんか納得できない。
企画開発部に所属する純一と、営業部に所属する梨華は同じフロアーで働いている。当然ながら、その後も通路などですれ違うこともあり、その際お互い目礼くらいは交わしていたが会話をすることはなかった。というか、梨華はむしろ純一に冷たい目を向けているような気がしてならなかった。
純一は今回の梨華に限らず、酔った時に言った言葉は本音だと思っている。なので、梨華の放ったあの言葉も本音ではないかと、心のどこかで思っている。だからこそ、あの時自分の心は揺れたのだ。そんな、なんともモヤモヤした気持ちを持て余しながら日々を過ごしていた。
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