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第一幕 龍神さま、凋落(ちょうらく)する
春の夜、バケツをひっくり返したような雨の日に、我が家の庭で大きな地響きが轟きました。そこは立派な青い龍が傷だらけの長い体を横たえていました。
「あら、やだ落雷かしら」
「光らなかったからここではないかもしれん」
呑気なことを言いながら庭に出たお父さんとお母さんは、龍を見てあんまり驚いたのか空いた口が塞がらない、という体でした。
「あら、あらあら……まあ。立派な蛇」
「いやいや富美子、これはあれだ、龍だよ」
二人はしげしげと近づいて龍を見ます。龍は力なく視線を二人にやって、雨に流されるままに体を真っ赤に染めていました。
「あなた、どうしましょ、怪我しているわ」
「どうしましょって、君ね」
お父さんは困りました。龍はぐったりと息をするばかりで、こちらを襲う様子はありません。しかし、このままここに入られても困るのです。何せ、猫の額のように狭い庭に、洗濯物を干すように柿の木にぶら下がっているのですから。
「死んでしまいますわ、手当てしないと」
「デカすぎるんだよ、子どもぐらいになってくれたらなあ」
慌てふためく二人の言葉に、龍は小さく唸り声をあげました。蛍のように弱々しく光ると、青い鱗をところどころに残した少年に姿を変えました。
「こりゃあ好都合」
お父さんは早速抱きかかえて家に入れ、お母さんは温かいタオルで冷えた体を拭いてやると、傷薬や包帯で手当てしてやりました。僅かに開く唇に温めた牛乳を匙でいれてやるとゆっくりと飲みました。
「お、飲んでるな」
「ホッとしましたわ。でも、龍は牛乳を飲むものかしらね」
「飲んどるじゃないか」
そのうち龍はウトウトし始め、すうと寝息を立てて眠ってしまいました。
「まあまあ、気持ち良さそうな寝顔」
「こうしていると人の子と変わらんな。瞳は蛇で鱗が目立つが」
二人はその寝顔をじっと見つめていました。
「あなた、この子うちの子にしたらどうかしら?」
「無理あるだろ。降ってきたんだぞ。帰る家もあるだろうし」
「だから、この子が帰るまで。ね、どう?」
「本当は幾つなんだろうな……」
この時、龍は二人の話を夢の中で聞いていました。生まれてきて千年あまり。こんなに人間優しくしてもらえたのは初めてです。縄張り争いに敗れて落っこちて、ほとほと悲しい気持ちでした。
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