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5.対象
辻堂達、藤崎チームの仕事は機密が多い関係上、打ち合わせは全て、部の横にあるミーティングスペースで行われる。
白石部長が言うには、完全ではないけど、防音の設備がある程度整っている、ということだ。
この会社が、このチームに相当な期待をしている、ということをひしひしと感じる。
だからこそ、何か貢献したい、とは思うのだが。
そんなことを考えていた矢先、藤崎から声をかけられる。
「辻堂、ちょっと、いいか?」
「はい。」
人を呼ぶ時ですら、イケメンてどうなんだろうか…。
藤崎のキリッとした顔立ちは、男性でも憧れるのではないだろうか。
そういえば、最近、朝練の時も見学者が増えたような…。
朝練、と呼んでいるそれは、始業前に社内の武道場で行なっている、訓練だ。
辻堂が長くやっていた合気道は師範代クラスである。
藤崎も空手の有段者で、同じく師範クラスと聞いている。
しかし、ずっと身体を鍛えていて、むしろ痩せすぎないように注意している、という藤崎とは違い、ここ何年ものブランクがある辻堂は、実は勘を取り戻すのに、一苦労なのだ。
しかも、朝練の時は合気道用の道着着用でも許されるが、訓練の時はスーツであり…なかなかそれに慣れることができない。
そういう意味でも、チーフである藤崎は尊敬の対象だ。
ミーティングスペースに入ると、藤崎が真っ直ぐな姿勢で、辻堂を見る。
「どう?慣れたかな?」
「大変なこともありますけど、なんとか…ですね。」
藤崎はふ…と笑った。
「うちのチームは優秀だからな。」
「そうですね。それに恥じない自分でいたいと思いますよ。」
「うん…。少し知恵を借りたくて。以前、みんなで鍋した時に、少し出ていただろう?仕事の話だ。」
確か、鍋の時は、ストーカーの話になっていたかと思う。
「ストーカー…でしたっけ?」
「そうなんだ。辻堂ならば、詳しいのではないかと思ったんだが。」
辻堂は少し考える。
「チーフはどうお考えなんでしょう。」
「俺がアメリカにいた関係で、最新の法律関係については、勉強の範囲内でイマイチ、ピンと来ていない。規制する法律があるんだよな。」
「ありますね。ストーカー規制法と呼ばれるものです。相手は特定できているのでしょうか?」
「なぜ?」
「規制の対象者が必要なんです。そうでなかったら、その相手を特定する捜査をしなくてはいけませんが、それ、全てに対応するのは難しい、というのが現状でしょうね。」
「まあ…そうか…。」
藤崎は、日本の警察官出身者だ。
現場の状況は、よく分かっているのだろう。
もちろん、辻堂もそこについては、充分理解している。
だからこそ、のこの仕事だから…。
「ということは、警護はもちろん、場合によっては、その規制の対象者を割りださないといけない、ということか。」
「そうですね。」
「厳しいな…。」
「法律には限界がありますよ。」
つい、ひんやりとした声になってしまうのを、辻堂は止めることが出来なかった。
「辻堂の言葉は重いな。分かった。これから、白石部長とクライアントの会社に行くから、辻堂も同席してもらえないか?」
「もちろんです。」
「言っておくが、もう、リハーサルではないからな。」
ニッと笑って、藤崎はそんなことを言うが、辻堂がぐっと引き締まった気持ちになったのは言うまでもない。
白石が一緒とのことで、役員用の車を辻堂が運転して先方に向かうことになったのだが、その中で、案件についての話が出た。
護衛を必要としているのは、女優、とのことだった。
人気商売も大変なんだな…とは思うが、確かに昨今、タレントを傷つけるようなことをする輩もいる。
注意するに越したことはないのだろう。
辻堂が思ったのは、最初、その程度のことだった。
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