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後部座席では、白石は藤崎に、
「スカウトされても付いていかないでよ。」
などと言っていて、辻堂は笑ってしまう。
さらに、
「なんでですか。」と自覚の全くない様子の藤崎の声が聞こえた。
「ホント、自覚ないよね、君は。辻堂くんも!ダメだからね!」
いやいや、隙のないイケメンである、藤崎はともかく、トウのたった、しかも愛想のない僕はそれはないだろう。
辻堂は苦笑して答える。
「こんな歳いってて、それはないでしょう。」
「分かってないね、君達は。」
白石はむーっと膨れたような声だ。
車の中では、そんな雰囲気ではあったものの、いざ、車をクライアントの会社につけたところ、白石の顔が引き締まる。
「雑居ビル、なんですね。」
藤崎の声が苦い。
警備としては、いちばんやりにくいからだ。
「すごい大手、とかでなければ、ビルなんて持てないよ。それでもここは元々大手にいた人が独立して作った会社で、所属しているタレントさんも有名な人もいる。」
そう言って、白石が名前を出したのは、辻堂でも知っている人物だ。
「ああ、CMで見たことありますね。」
以前仕入れた知識では、CMというのは企業の顔でもあるので、クリーンさが求められるのだと言う。
CMに起用されるようなタレントを抱えているということは、それなりにきちんとしている会社なのだろうと思われた。
ビルの外に立ち、白石が事務所についてのレクチャーをしてくれる。
5階建の建物の、3階から5階がその事務所が使用しているとのことだ。
3階が事務所、4階は会議室や応接、5階はレッスン室になっているとのことだった。
その説明を受けながら、辻堂はすでに周りに目を配る。
今いるのは、駐車場で、ここには特に防犯カメラ等はないようだ。
一応、入り口に防犯カメラありとは書かれてあるが、それは入り口部分だけのようだった。
藤崎からの目線を感じる。
ーー周囲を確認してくれ。
辻堂は頷いた。
「辻堂、ぐるっと回ってから入ってきてくれるか?」
「了解です。」
改めて、指示を出したのは白石に聞かせるためだろう。
ビルの中に入っていく2人を見送って、辻堂は周りを見回す。
ビル自体はきわめて普通のビル。
一応、1階の正面入り口には防犯カメラが取り付けてはあるが、雑居ビルなだけあり、特に入り口にセキュリティがあるわけではない。
エレベーター内はカメラ有りだろうが、階段まではないだろう、と思い階段から上がると、やはり、階段にもカメラはない。
まあ…そうだよな…。
事務所の入り口も、現在は鍵もかかっていなくて、スルーで入れることを確認した。
少なくともここだけは、簡単には入れないようキーロックをつけてもらおうと思う。
4階と5階は、使用していない部屋の鍵はかかっているようだが、部屋の前までは階段からも、エレベーターからも行くことができる。
部屋の鍵は簡易な鍵で、ピッキングもやり方次第で簡単に空きそうだ。
今回の依頼だけなら、ビルの中は防犯機能はほぼない、と思って動かなくてはいけないし、今後のことも考えるなら、もう少し警備を強化することを検討してほしい。
確認したことを頭に入れて、みんなが打ち合わせしている部屋に入る。
中に入ると、辻堂は藤崎に今回の仕事を受けることになったと知らされた。
「社長は先程、ストーカーかファンか微妙だと仰っていましたが、それはストーカーです。」
藤崎がクライアントの社長に向き直って、改まった様子で、口を開く。
辻堂は藤崎がこの手の件に関しては、専門的な勉強をしっかりしていることは分かっているし、その判断を信じている。
「ファンはあくまでもタレントさんを応援するものですよね。まあ、それは私のなんとかさん的なものあると思いますが、こんな内容の手紙を送りつけたりはしないですよ。反省しろ、とか。」
その内容を聞いて、はじめての体験に辻堂はぞくんとする。
「そんな内容なんですか?」
軽く頷いた藤崎は緊急性が高いと言う。
その緊迫した雰囲気に社長は即座に、藤崎にお願いします、と頭を下げた。
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