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タレントは商売道具ではなく、家族だと言い切る。
その姿は、辻堂も好印象を抱いたが、おそらく、藤崎も同じだったはずだ。
「了解しました。私どもも、お引き受けするのであれば、出来る限りのことはさせていただきます。」
はっきりとした、藤崎の口調と真っ直ぐクライアントを見つめて、余裕のある表情は、頼り甲斐がある。
社長が安心した笑顔を見せたのが、辻堂には印象的だった。
藤崎の自信と余裕は、実績に基づいたものだと分かるから。
「本人にお会いになりませんか?」
そう言われて、今はその対象の女優さんが撮影をしている、というスタジオに移動することになった一行だ。
アメリカではVIP警護もしていた、という藤崎はその、スタジオにも全く圧倒されていなかったが、辻堂にしてみれば、関わりのない世界で、正直、驚くことだらけだった。
入り口の警備が厳しいのはなんとなく予想していたが、スタジオ、というと、小さい部屋のようなものを予想していたから。
実際、今回行ったところは、体育館のようなところにセットが組まれていて、思ったよりも沢山の人がウロウロしている。
セットの中で、何か作業している人もいれば、その外で打ち合わせのようなものをしている人もいて、裏方はこんな風なんだな、と思うと不思議だ。
一体、普段、自分が見ているものはなんなのだろうか、という気持ちになる。
見せたいものを見せられているのかもしれない…と微妙な感情になった。
「なかなか興味深いですね。」
「そう思うか?警護する側としては最悪なんだ、これが。死角が多すぎて。」
すでに、警備目線の藤崎に、辻堂も気持ちを切り替えて、周りを見回す。
確かに、セットの物陰もあるし、何に使うのか分からないような道具の数々。
「確かに。その辺に何かあっても、誰も何も思わなさそうだ。」
「知らない奴がいても、意外とスルーだし。」
そうなのだろうか?
入り口の警備はかなり厳しかったし、荷物の中まで確認されたのだが。
その辻堂の、不思議そうな顔を見て、藤崎が苦笑する。
「つまり、あの入り口の部外者お断り、の想定は、入り込もうとするファンなわけだ。
スタッフみたいな顔して紛れ込まれたら、こっちは…ってことだな。」
「本番でーす!」
と声がかかり、ヒソヒソと話をしていた、藤崎達の方にスタッフの目線が飛ぶ。
静かにしろ、ということだろう。
すると、さっきは気づかなかったのだが、スタジオのセットの中に、長い髪の女性を見つけた。
スタジオに音楽がかかり、『天使の口溶けをあなたに』とナレーションが聞こえる。
それに合わせて、カメラに向かってふわりと笑う彼女。
門倉紗夜だ…。
辻堂は驚いた。
実は、辻堂はあまり、テレビや映画の類は観ない。
けれど、その門倉の出ていた映画は、原作を読んでいたこともあり、かなり好評なようだったので、わざわざ観に行ったのだ。
その、壮絶な表情に戦慄した覚えがある。
あの時は、怖いくらいだったのに、今、こうして、見ると天使、とナレーションが入るだけあって、本当に天使のように無垢で愛らしい。
「顔、小さいなー。」
隣の藤崎からは、感心したような声が聞こえた。
もしかして、彼女が対象…ってことか?
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