5.対象

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タレントは商売道具ではなく、家族だと言い切る。 その姿は、辻堂も好印象を抱いたが、おそらく、藤崎も同じだったはずだ。 「了解しました。私どもも、お引き受けするのであれば、出来る限りのことはさせていただきます。」 はっきりとした、藤崎の口調と真っ直ぐクライアントを見つめて、余裕のある表情は、頼り甲斐がある。 社長が安心した笑顔を見せたのが、辻堂には印象的だった。 藤崎の自信と余裕は、実績に基づいたものだと分かるから。 「本人にお会いになりませんか?」 そう言われて、今はその対象の女優さんが撮影をしている、というスタジオに移動することになった一行だ。 アメリカではVIP警護もしていた、という藤崎はその、スタジオにも全く圧倒されていなかったが、辻堂にしてみれば、関わりのない世界で、正直、驚くことだらけだった。 入り口の警備が厳しいのはなんとなく予想していたが、スタジオ、というと、小さい部屋のようなものを予想していたから。 実際、今回行ったところは、体育館のようなところにセットが組まれていて、思ったよりも沢山の人がウロウロしている。 セットの中で、何か作業している人もいれば、その外で打ち合わせのようなものをしている人もいて、裏方はこんな風なんだな、と思うと不思議だ。 一体、普段、自分が見ているものはなんなのだろうか、という気持ちになる。 見せたいものを見せられているのかもしれない…と微妙な感情になった。 「なかなか興味深いですね。」 「そう思うか?警護する側としては最悪なんだ、これが。死角が多すぎて。」 すでに、警備目線の藤崎に、辻堂も気持ちを切り替えて、周りを見回す。 確かに、セットの物陰もあるし、何に使うのか分からないような道具の数々。 「確かに。その辺に何かあっても、誰も何も思わなさそうだ。」 「知らない奴がいても、意外とスルーだし。」 そうなのだろうか? 入り口の警備はかなり厳しかったし、荷物の中まで確認されたのだが。 その辻堂の、不思議そうな顔を見て、藤崎が苦笑する。 「つまり、あの入り口の部外者お断り、の想定は、入り込もうとするファンなわけだ。 スタッフみたいな顔して紛れ込まれたら、こっちは…ってことだな。」 「本番でーす!」 と声がかかり、ヒソヒソと話をしていた、藤崎達の方にスタッフの目線が飛ぶ。 静かにしろ、ということだろう。 すると、さっきは気づかなかったのだが、スタジオのセットの中に、長い髪の女性を見つけた。 スタジオに音楽がかかり、『天使の口溶けをあなたに』とナレーションが聞こえる。 それに合わせて、カメラに向かってふわりと笑う彼女。 門倉紗夜だ…。 辻堂は驚いた。 実は、辻堂はあまり、テレビや映画の類は観ない。 けれど、その門倉の出ていた映画は、原作を読んでいたこともあり、かなり好評なようだったので、わざわざ観に行ったのだ。 その、壮絶な表情に戦慄した覚えがある。 あの時は、怖いくらいだったのに、今、こうして、見ると天使、とナレーションが入るだけあって、本当に天使のように無垢で愛らしい。 「顔、小さいなー。」 隣の藤崎からは、感心したような声が聞こえた。 もしかして、彼女が対象…ってことか?
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