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検察官になって、数年。 ふと、気づくと、他人に取っては事件、と呼ばれるものが自分の中で、日常で、しかも流れ作業的になっていることに、気づいた。 その時のショックは大きかった。 こんなことがしたくて、検察官になったのだったか? 未決済の書類の箱の中には書類の山。 次々に運ばれてくる事件。 違う気がした。 そう思ったら、少しも我慢ができなくなって、即、退職の手続きをした。 一応、弁護士事務所からのオファーもあったにはあった。 けれども、それもきっと違うと感じるような気がした。 金のために働くのは多分正しい。 けれど、それだけでは自分は満足はできない。 それは性格だ。 そんな折、知り合いの警察官にたまたま裁判所で会った。 「辻堂さん?」 「今日は、裁判ですか?」 「ええ。あの、検察辞めたって本当ですか?」 法曹界は所詮は狭い世界だ。 この手の噂は結構早い。 しかも、自分が警察官に好かれていたかと言うと…自信はない。 「弁護士とかになられるんでしょうね…。」 いや、ヤメ検の全部が、弁護士な訳ではないと思うが。 「決まっていませんよ。でも、弁護士にはならないつもりですけど。」 「え?次は決まっていないんですか?」 まあ、決まっていない、と言えばそうだな。 そこで、今までの自分にはない勢いで辞めたのだな、と気づく。 いつもなら、慎重に慎重を重ね、検討に検討を重ねて、今後のことを決めるタイプと自認している。 「そうですね。決まっていないです。」 流れ作業は人をダメにする。 最初からそれが分かっていて、の仕事であればいいのだ。 けれど、それなりの希望を持って職についた筈が、いつの間にかそうなってしまっていて、しかも、気づいた時に自分が空洞のように感じるのはなかなか辛いのだ。 と、言うか、この人は何を言いたいのだろうか…。 事件で何度か接点を持ったことがあるが、穏やかな人、という印象だ。 現場経験の長い刑事で、確か、出世とは無縁で長い間刑事として、仕事をしていたはずだ。 「実は、自分の先輩に面白い方がいるんです。会ってみませんか?」 斡旋か…? 「他の方ならこんな事は言わないんですけど、辻堂さんは検察官時代にもいろいろ助けて頂いたし。」 …助けたような覚えはない…。 「きっと、あなたにはご記憶ないと思います。けど、私に取っては違ったんです。斡旋とかそういうことではないんです。そんなおこがましいことではなくて、ぜひ会っていただけたら、と思うような方なんです。」 何だか熱心なその言い方が気に入って、会うことに決め、連絡先を交換した。
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