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研修も終わりに差し掛かった頃、インカムを付けての実地訓練をする、とショッピングモールで実際に警護をしながら、研修をすることになった。 クライアント役は、うちのチームの事務方を担当してくれている佐倉優月だ。 彼女を店舗から、駐車場まで誘導して、警護するのが役目、とのことだ。 「研修だけど、気を引き締めてな。」 「了解しました。」 ほぼ、実地に近い形での訓練なので、気を引き締めてと言われずともチームの緊張感は高まっていた。 「設定としては、クライアントの佐倉さんを警護して、駐車場の自社の車に入ってもらえば任務完了。邪魔が入る可能性もある。不審物、不審者には十分気をつけること。 クライアントに着くのは、大輝。お前はベタ付きしろ。先導、辻堂、後方、草下、俺は全体に指示を出す。ちなみにクライアントは、急遽、動きを変えることがあるから、その辺も要注意だな。」 上司である藤崎のことは、先日から、チーフと呼んでいる。 藤崎代理、では咄嗟の時に呼びにくいからだ。 その藤崎の指示はいつも、短くて、的確だ。 もちろん、チームとしての察する能力も必要だが、このチームでは現場で改めて確認するようなメンバーはいない。 今回は大輝がベタ付き、つまり、対象に張り付く。 先導は自分だ。 先導は対象より前を歩いて前方を警戒することになる。 もちろん、何か、あれば真っ先に動かなければならない。 後方の草下は、後方を警備する訳だが、このチームでは、後方担当は、事前確認の役も担うことになっていた。 何度も、目を変えて見ることによって、気付きや発見があるのだそうだ。 確かにその通りだと思う。 『チーフ、辻堂さん、クリアです。』 インカムから、草下の声が聞こえて、辻堂は下腹部に力を入れる。 大きく息を吸った。 力が入りすぎてもいけない。 「よし、対象移動。」 辻堂が周りを確認して、先導する。 問題なく進んで、少しした時だ。 「ちょっと!」という女性の叫び声。 とっさにその方向を見る。 女性と見知らぬ男性がカバンを引き合っていた。 辻堂は、まず、対象である佐倉を確認した。大輝が背中に庇っている。 よし。対象は問題ない。 あとは、これは、研修の一貫である目くらましなのか、本当に起きていることなのか?! 一瞬、引っ張り合いになった、それは強く引かれて、女性がカバンを奪われた。 「だれか!その人ひったくりよ!カバンを盗られた!」 その人、と呼ばれた人物はカバンを持ち現場から走り去ろうとしていた。 必要なければ、現場の判断でいい、と言われてはいるが、これはどうなんだ?! 『チーフ、これってブラフですか?』 辻堂は思わず、インカムに確認する。 リアル過ぎる。 「いや。違うな。大輝、行け。辻堂、その女性を助けろ。俺もすぐ向かうから。」 『了解!』 そう返事を返すやいなや、大輝がダッシュを見せた。 とんでもなく、早い。 辻堂は腰を抜かしたようにしている女性に近づいた。 「大丈夫ですか?ケガはないですか?」 「はい…」 女性はあっという間に、引ったくりを取り押さえた大輝を見て、唖然としていた。 辻堂にしてみれば、このチームならば、それくらいは当然で、訓練の成果でもあると思う。 だが、普通の女性にしてみれば、唖然とする出来事だろう。 「私共は、警備会社の者です。」 辻堂が柔らかく笑うと、女性は安心した様子だ。 「そうなのね。たまたまいて下さって、良かった。」 その後は制服の警備員が、引ったくり犯を連れていき、警察への通報もされる。 これは、全くの予想外のことなので、藤崎も本社に待機していた、白石に指示を仰ぐようだ。 結局のところ、目撃者も多い、事件であったため、警察に協力し話をすることになった。 「そういう訳だから、今日の訓練はここで終了だな。今から、警察に向かうから。調書に協力する。」 そう言う藤崎に、了解です、と皆で返事を返し、会社の車に乗り込む。 「これって、訓練的にはどうなんですかね。」 車の中で、草下がポツン、と藤崎に尋ねた。 辻堂も気になっていたところだ。 「本来はこういうことがあっても、クライアントの安全を最優先するのが仕事だな。ここまですることはないだろうが、自分がガードするのはあくまでもクライアントであることは、忘れてはいけない、何があっても。」 そうだよな…。 正直、全員かなり動揺したはずだし、一瞬、気を引かれた。 これが、本当に依頼の最中だったら、と思うと、ゾッとする。 そして、その気を引かれた瞬間にクライアントに何かあったら。 本当に何が起きても、クライアントを忘れない、という意識を、もっとしっかり持たなくてはいけない、ということだ。 藤崎の言葉は厳しかったけれど、それが正しいのだと、ここにいるチーム全員が理解している。 どうするべきか、どう動くべきなのか。 つい、車の中がしん、としたのは、多分皆同じことを考えているからだろうと思った。 けれど、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。 チームを動かしていかないといけないのだ。 おそらく、みんな考え込んでしまっていたのだろう。 それくらい、現場の重みを感じていた。
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