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4.実地訓練
研修も終わりに差し掛かった頃、インカムを付けての実地訓練をする、とショッピングモールで実際に警護をしながら、研修をすることになった。
クライアント役は、うちのチームの事務方を担当してくれている佐倉優月だ。
彼女を店舗から、駐車場まで誘導して、警護するのが役目、とのことだ。
「研修だけど、気を引き締めてな。」
「了解しました。」
ほぼ、実地に近い形での訓練なので、気を引き締めてと言われずともチームの緊張感は高まっていた。
「設定としては、クライアントの佐倉さんを警護して、駐車場の自社の車に入ってもらえば任務完了。邪魔が入る可能性もある。不審物、不審者には十分気をつけること。
クライアントに着くのは、大輝。お前はベタ付きしろ。先導、辻堂、後方、草下、俺は全体に指示を出す。ちなみにクライアントは、急遽、動きを変えることがあるから、その辺も要注意だな。」
上司である藤崎のことは、先日から、チーフと呼んでいる。
藤崎代理、では咄嗟の時に呼びにくいからだ。
その藤崎の指示はいつも、短くて、的確だ。
もちろん、チームとしての察する能力も必要だが、このチームでは現場で改めて確認するようなメンバーはいない。
今回は大輝がベタ付き、つまり、対象に張り付く。
先導は自分だ。
先導は対象より前を歩いて前方を警戒することになる。
もちろん、何か、あれば真っ先に動かなければならない。
後方の草下は、後方を警備する訳だが、このチームでは、後方担当は、事前確認の役も担うことになっていた。
何度も、目を変えて見ることによって、気付きや発見があるのだそうだ。
確かにその通りだと思う。
『チーフ、辻堂さん、クリアです。』
インカムから、草下の声が聞こえて、辻堂は下腹部に力を入れる。
大きく息を吸った。
力が入りすぎてもいけない。
「よし、対象移動。」
辻堂が周りを確認して、先導する。
問題なく進んで、少しした時だ。
「ちょっと!」という女性の叫び声。
とっさにその方向を見る。
女性と見知らぬ男性がカバンを引き合っていた。
辻堂は、まず、対象である佐倉を確認した。大輝が背中に庇っている。
よし。対象は問題ない。
あとは、これは、研修の一貫である目くらましなのか、本当に起きていることなのか?!
一瞬、引っ張り合いになった、それは強く引かれて、女性がカバンを奪われた。
「だれか!その人ひったくりよ!カバンを盗られた!」
その人、と呼ばれた人物はカバンを持ち現場から走り去ろうとしていた。
必要なければ、現場の判断でいい、と言われてはいるが、これはどうなんだ?!
『チーフ、これってブラフですか?』
辻堂は思わず、インカムに確認する。
リアル過ぎる。
「いや。違うな。大輝、行け。辻堂、その女性を助けろ。俺もすぐ向かうから。」
『了解!』
そう返事を返すやいなや、大輝がダッシュを見せた。
とんでもなく、早い。
辻堂は腰を抜かしたようにしている女性に近づいた。
「大丈夫ですか?ケガはないですか?」
「はい…」
女性はあっという間に、引ったくりを取り押さえた大輝を見て、唖然としていた。
辻堂にしてみれば、このチームならば、それくらいは当然で、訓練の成果でもあると思う。
だが、普通の女性にしてみれば、唖然とする出来事だろう。
「私共は、警備会社の者です。」
辻堂が柔らかく笑うと、女性は安心した様子だ。
「そうなのね。たまたまいて下さって、良かった。」
その後は制服の警備員が、引ったくり犯を連れていき、警察への通報もされる。
これは、全くの予想外のことなので、藤崎も本社に待機していた、白石に指示を仰ぐようだ。
結局のところ、目撃者も多い、事件であったため、警察に協力し話をすることになった。
「そういう訳だから、今日の訓練はここで終了だな。今から、警察に向かうから。調書に協力する。」
そう言う藤崎に、了解です、と皆で返事を返し、会社の車に乗り込む。
「これって、訓練的にはどうなんですかね。」
車の中で、草下がポツン、と藤崎に尋ねた。
辻堂も気になっていたところだ。
「本来はこういうことがあっても、クライアントの安全を最優先するのが仕事だな。ここまですることはないだろうが、自分がガードするのはあくまでもクライアントであることは、忘れてはいけない、何があっても。」
そうだよな…。
正直、全員かなり動揺したはずだし、一瞬、気を引かれた。
これが、本当に依頼の最中だったら、と思うと、ゾッとする。
そして、その気を引かれた瞬間にクライアントに何かあったら。
本当に何が起きても、クライアントを忘れない、という意識を、もっとしっかり持たなくてはいけない、ということだ。
藤崎の言葉は厳しかったけれど、それが正しいのだと、ここにいるチーム全員が理解している。
どうするべきか、どう動くべきなのか。
つい、車の中がしん、としたのは、多分皆同じことを考えているからだろうと思った。
けれど、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。
チームを動かしていかないといけないのだ。
おそらく、みんな考え込んでしまっていたのだろう。
それくらい、現場の重みを感じていた。
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