9人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は、魔法使いでも、魔術師でも、小説に出てくるような天才化学者でもない。
あのとき、飲み干したワインは、「願い事がかなう薬」なんてものではない。ただ、気まぐれにブレンドしたワインだ。
それだけは、はっきりと覚えている。
部屋に残されていた3通の手紙は、どれも「遺書」では無かった。
僕宛の手紙に、「消えます」とは書かれていたけれど、「死にます」では無かった。
両親宛の手紙の中身も、今まで育ててくれたお礼がしたためられていた事以外は、同じ内容だったらしい。
どこかで、きっと、樹生は生きている・・・・・・・・・・
その気持ちは、日増しに強くなっていった。
定時で帰宅して、夕刊とニュースをチェックし、自殺や他殺の記事が樹生でない事を、確認する。
夕食を終えた頃に、樹生の両親から電話がかかってくる。
僕のすさんだ生活の中で、唯一の、安らぎの時間だ。
樹生の両親もまた、樹生が生きていると信じている。
そして、僕が樹生の親友だった事も。
樹生の思い出話をしているうちに、毎日、電話がかかってくるようになった。
「お願い、もう一人、息子が出来たと・・・・そう思わせてね」
樹生のお母さんから、そう涙声で言われたときには、全部、本当の事を告白したくなったけれど、必死の思いで押しとどめた。
僕は、大事な息子を奪ってしまったのだ。
何も知らず、僕に優しくしてくれる樹生の両親を、これ以上傷つける事は出来ない。
電話を終えると、パソコンに向かう。
いくつかの、SNSを、ネットサーフィンしていく。
樹生が生きていれば、きっと、どこかに痕跡があるはずだ。
そう思い、始めた事だけれど、ネットの海は想像以上に広かった。
ここで、樹生と再会出来たら、それは奇跡に近い。
砂漠に落ちた針を探すような事だとわかっていても、やらずにはいられなかった。
樹生が好きだったものを思い出しながら、それをキーワードにして、手繰っていく。
毎日、毎日・・・・・・
最初のコメントを投稿しよう!