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篠原樹生が、初めて僕の目の前に現われたのは、小学校5年生の春だった。
甘いマスクの転校生。
女子達はざわめき、僕を含む男子は「なんか、気にくわない奴」だと思った。
同じクラスで、しかも、席は僕の隣。
「柴田君、よろしく。仲良くしよう。樹生って呼んで」
篠原は、にっこりとして言った。
「もちろん。じゃ、僕の事は、晴久って呼んで」
僕は、精一杯の、愛想笑いをしながら答えた。
嫌な予感は、的中した。
僕はそれまで、成績も一番だったし、足の速さも一番だった。
学級委員長もしていた。
クラスの女子にも、一番モテていた。
そんな僕を、樹生はわずかな差で追い抜いていった。
それだけじゃない。
樹生は、明るくて、きさくで、優しい。
そして、ジョークを飛ばしたり、子供じみたイタズラをして、みんなを笑わせる。
最初は、樹生を嫌っていた男子も、一緒に遊びたがるようになった。
それまでみんなの中心にいたのは、僕なのに・・・・・・・・・・・・・
樹生の影になりたくなくて、勉強も、スポーツも、必死で頑張った。
女子にも、優しくした。
だけど、樹生にかなわない。
樹生は、みんなに好かれていた。
僕が樹生を嫌いだと言えば、僕が、みんなに嫌われるだろう。
だから僕も、樹生を好きなフリをする事にした。
一緒に遊んだし、一緒に勉強もした。
樹生の両親も、僕には羨ましい存在だった。
僕には、両親は居ない。
幼い頃に両親を交通事故で亡くし、祖父母に育てられていた。
樹生のお母さんは優しくて、遊びに行くと、いつも優しい笑顔と手作りのおやつでもてなしてくれた。
お父さんは、仕事が忙しくて平日は会うことは無かったけれど、休日にはドライブに連れて行ってくれた。
樹生の両親のそんな優しさは、僕の家庭の事情を、樹生が両親に話しているからだと思うと、体の内側が、じわじわと熱くなる思いがした。
遊んでくれるお父さんと、お菓子を作ってくれるお母さんがいる樹生が、ただただ、妬ましかった。
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