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  時は平安時代。京に一人の若い貴族がいた。名は難波雅経(なんばのまさつね)といった。貴族は家柄の良さを表すため、色んな事で優劣を競い合っている。雅経は和歌や楽器は得意であった。しかし、雅経の住む一角では和歌でもなく楽器でもないもので優劣を競っていた。 「雅経殿、行くぞ」  雅経の友人が鹿の革でできた白い鞠を雅経がいる方向へ蹴り上げる。雅経は急いで鞠が飛んでくる方へ向かい、蹴るように足を出す。しかし、鞠は股の間を抜けていった。雅経が振り返ると、鞠は池の方へ転がっていく。そのまま池に落ちないように慌てて取りに行った。 「雅経殿は相変わらず弱いなあ」  鞠を追いかける雅経を見て友人たちは笑った。なんとか鞠を取ることができた雅経も苦笑する。しかし、そんな彼をいぶかしげな眼差しで見る男がいた。難波頼経(なんばのよりつね)、雅経の父親だった。その視線に気づくと、雅経も友人も笑うのを止めた。友人たちは父親である頼経に頭を下げると逃げるように帰ってしまった。雅経も緊張した面持ちで父親のいる寝殿に歩み寄り、一礼をする。 「そうかしこまるな。顔を上げなさい」  雅経が顔を上げると、父親が手招きしていた。雅経は寝殿の中央にある階段へ向かうと、父親も階段を何段か降りる。そして、官人(仕えている人)に聞こえないよう小声で話し始めた。 「蹴鞠(けまり)の稽古は進んでおるか?」 「ええ、もちろんですとも」 「次にくる新月の日の朝が蹴鞠の会だ。そこで難波家がどれだけ優れているかを見せつけるのだ」  難波家の住む一画では、和歌や楽器ではなく蹴鞠で家柄の良さを見せつけていた。そして、次の会では、頼経の息子である雅経が参加することになっている。 「はい、分かっておりますとも」  雅経は笑みを称えるものの、額には冷や汗がにじんだ。父親は、そうか、と頷き階段を上がっていく。雅経がほっと息を吐こうとしたそのとき、父親が振り返った。咄嗟に雅経は息を止める。 「くれぐれも私をがっかりさせないでくれ」  重くのしかかるような声に何度も首を縦に振った。父親が寝殿に戻っていくのを確認すると、雅経は深い溜息をつく。そして、階段に座り持っていた白い鞠を眺めた。 「どうしたら、上手く蹴鞠ができるようになるのだろう」
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