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 それから、満月が真上に昇る頃、雅経は外に見回すと自分の部屋から灯りと鞠を持って出た。仕えている人々も寝ており、辺りは静寂に包まれている。縁側に灯りを置き、靴を履いて庭に降りた。  灯りで庭の一部が照らされる中、雅経は白い鞠を肩の高さまで上げた。緊張で喉が鳴る。右足を前に出し、意を決し鞠を落とした。その鞠を蹴り上げようとすると、斜めに飛んでいき地面に転がっていく。雅経は慌てて鞠を取りに行き、また同じ場所へ戻る。息を整え、もう一度鞠を落とした。今度は真横へ飛んでいき、小さな池へ転がっていく。雅経は走っていき鞠に手を伸ばした。池に入る直前になんとか止めることができ、息をつく。そして、また灯りが照らす縁側近くに戻ってくる。  頭の中で昼間のことが巡る。仲間から鞠を蹴り渡されても、空振りをして笑われることは少なくない。その時の笑い声と遠くから眉をひそめ、雅経を見る父親の顔を思い出す。  雅経はそれをかき消すために首を振った。それから、深呼吸をして鞠を落とす。鞠は足の甲に当たり真上に浮かんだ。やった、と雅経は拳を握りしめる。もう一度蹴るために足を出した。しかし、いざ当たってみると鞠は正面へ飛んでいった。そして、灯りが差さない暗闇へと転がっていく。雅経は追いかける気も失せて、階段に座り込んだ。そして、考え事をするように膝に肘をつき、空に浮かぶ満月を眺めていた。  ふと、雅経が耳を澄ますと鞠が跳ねる音がした。気になった雅経は灯りを持って、音が聞こえる場所へ近づいた。恐る恐る灯りを持った腕を伸ばしてみると、そこには一人の童(わらべ)がいた。その童は髪を一つに結び、紺青色の珍しい形をした衣を着ている。  雅経は疑問に思い、官人を呼ぼうとした。そのとき、童は持っていた白い鞠を器用に蹴り上げ始める。雅経は呼ぶのを止め、童を見つめた。蹴り上げている鞠はまるで吸い寄せられるように童の足に戻ってくる。雅経にはそれが術のように見えた。  もしかして、妖怪あるいは神様の類いかもしれない。どちらにしても、ぞんざいに扱っては罰が当たりかねない。そう思った雅経は身を屈め、声色を柔らかく童に話しかけた。
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