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5
雅経が自室から出て見回すように童を探す。しかし、足音すら聞こえず地面に白い鞠が転がっているだけだった。
「おーい、どこに行ったんだ。お礼がしたい。もう一度だけ出てきてはくれないか」
雅経の呼びかけが静かな庭に響く。
「やはり神のお告げだったのだな・・・・・・」
雅経は唐菓子の入った巾着を握りしめる。そして、毎日仲間との稽古以外にも、夜中に外に出ては童の御告げ通りに蹴鞠に励んだ。
新月の日の朝、蹴鞠の会には多くの貴族たちが集まっていた。蹴鞠を行う砂場を囲むように木でできた椅子が並べられ、そこから貴族たちは観戦している。さらに、遠くの寝殿から父親である頼経が眺めていると、こちらに近づいてくる影が見えた。
「お父上様」
目の前に現れたのは先に蹴鞠の会に来ていた雅経だった。父親の前に来ると、いつものようにお辞儀をした。
「顔を上げなさい・・・・・・それは新調した装束か?」
「はい、そうです」
雅経は紺青色の装束を身にまとっていた。それは童が着ていた衣と同じ色だった。
「よく似合っておるぞ。何か意味でもあるのか」
「その、おまじないのようなものでございます」
二人が話していると、審判が雅経の名を呼んだ。雅経は会釈をして蹴鞠を行う場所へ向かう。砂場の四隅には元木――蹴鞠を上げる高さの基準となる木――で囲まれていた。五人くらい入れる砂場に雅経と相手の貴族が入場していく。どの貴族も雅経にとっては格上であった。両者がお辞儀をすると審判が白い鞠を持ってくる。
「蹴り上げた鞠を先に落とした方が負けとなる」
審判は相手の貴族に鞠を手渡した。雅経は集中するように深呼吸をする。膝を曲げて足の指先に力を入れる。童の助言を思い出していると、審判が、始め、と合図をした。
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