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第一話『夢十夜』夏目漱石
ページをめくる音が響く。
茜色に染まった日の光が窓から差し込み、室内に濃い陰影を描く。
使い古された長机、安っぽいパイプ椅子、壁際に立てられた小さな本棚。
そして、斜向かいに腰掛ける、先輩へと。
白く怜悧に整った顔は輝くような朱色に縁取られている。
黒く長くつややかな髪は肩を流れて背中の濃い影に溶けていく。
くっきりと二重の刻まれた流麗な瞳は憂いがちに伏せられて、手の中の文庫本へと注がれていた。
やがて、そっと本が伏せられる。
艷やかなため息をついて、先輩は視線を窓の彼方へと投げかけた。
とても、絵になる人だ。
「そうしていると、まるで文学少女のようですね」
「あら、心外ね。私はいつだって文学少女なのだけれど?」
まるで貴婦人のような仕草でふりかえった先輩の口元には、ほんのりといたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
夕日の中でかすかに小首を傾げる姿は、今まさに額縁で切り取ったなら、すでにひとつの作品になる。重ね重ね、絵になる人だ。
もちろん、その本性を知らなければ、だけれど。
「文学少女は名作の背表紙にいかがわしい本を隠して学校に持ち込んだりしないんですよ」
「官能も立派な文学だわ」
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