第一話『夢十夜』夏目漱石

10/10
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 人は愛しさが高じると自然と口づけをするものらしい。  ……などと、そんなことを言えるわけもなく、適当に誤魔化す。 「先輩はどうでした?」 「さぁ、どうかしら」  先輩もまた、百合の花の笑みを浮かべてはぐらかす。  チャイムの音が鳴る。  もう下校時刻だ。 「今日はここまでにしましょうか。この本、今日のところは貸しておいてくれるかしら?」  白魚の指が『夢十夜』をするりと抜き取る。 「いいですけど、中身をすり替えたりしないでくださいよ?」 「ええ、もちろん」 「言っておくけど、フリじゃないですからね?」 「あら、心外ね」  他愛ない軽口を交わしつつ、片付けをして、部室を後にする。  窓の向こうの遠い空で、黄昏の一番星が瞬いていた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!