第一話『夢十夜』夏目漱石

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 それでいて、どこか胸に染みる話があったり、くすりと笑える話があったりと、名状しがたいバランスの上に成り立っていて、そこが気に入っている。  とはいえ、好き嫌いは分かれるところだろう。  どこかつかみどころがなく、虚をつくような不可思議な表現や描写も多い。 「どれか気に入った話はありました? 僕はけっこう、豚の話とか好きなんですけどね。ステッキで鼻を打つと、こう、ころりと転がって」 「残酷ね。豚を何万匹と崖下に突き落として虐殺する話が好きだなんて」 「いやまぁ、たしかにそう言ってしまえばそうなんですけど。それで、先輩はどうなんです?」 「私は、戦に出た旦那のために子どもを背負ってお百度参りをする女性の話とか、処刑される恋人の死に目に会うために馬に駆って夜を駈ける話とか」 「それこそ、どちらもオチは残酷ですけどね」 「愛する人のために闘ったのよ? それに、ほとんどのお話はもの悲しい終わり方でしょ」 「第一夜はどうでした? 僕はあれが一番好きなんですけど」 「物悲しいようでもあるし、美しくもある。よくわからなかったわね。好きだけど。神話に見るような、不可思議さもあって」 「たしかに、深く考えるとなかなか奥深いですよね」  第一夜は、男と女の話だ。  愛する女が死んだ後、男は女の遺言どおりにその体を埋める。     
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