第一話『夢十夜』夏目漱石

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「百年、待つのよ? 本当か嘘かもわからない言葉を信じて、ただひたすらに待ち続ける、並大抵ではないと思うわ」  事実、男はやっぱり”欺されたのではなかろうか”と訝しむ。  愛する人の墓標を見つめて、百年待つ。  きっと逢いに来るという、その言葉だけを信じて。  それは恐ろしく残酷で、とてつもなく美しく、尊いことのように思えた。 「あたかも男性の愛と信頼を糧に育つかのように、ついには墓標の下から、一輪の百合が咲くのね」  先輩はゆらりと体を起こして、ちょうど胸の下あたりまで顔を持ち上げる。  ”一輪の蕾が、ふっくらと(はなびら)を開いた”  あたかも花の香が濃密に香るがごとく、先輩の笑みがすぐ目と鼻の先にある。  ”花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花辯(かべん)に接吻を”―― 「……はっ!?」  慌てて、首を引っ込める。  作品の空気に飲み込まれていた。 「ちっ」 「……今、舌打ちしました?」 「それで、どうかしら? 何か感じられた?」 「えぇと、どうでしょうね……」  百年を想いあって再び逢った男と女の間には、理屈もなにもかもが必要なかった。  ただ、そこにあって、惹かれ合う。  一瞬、身も心も忘我の彼方にあって、自然と体が動いていた。     
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