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二ヶ月後、異国の皇子と結婚してしまえば、こうして夜空を翔けるのもいくらか控えることになるだろう。直前の準備から婚礼の当日、そしてしばらく続く祝宴の日々はきっと忙しすぎて、空を飛ぶ体力も時間も残らないに違いない。
だから、ゆめさきにとって、これが最初で最後の冒険だ。
もちろん今までにも、ちょっと遠すぎる町まで行ってしまってその日のうちに王都に帰れず、駅伝制の早馬に手紙を託して「今夜はどこそこの町に泊まります」なんて父王に知らせたりすることは、ときどきあったけれど。
竜の谷は王都から遠い北の辺境にあって、どう急いでも片道五日はかかる。そこへ行って帰ってくるのだから、うっかり一晩外泊してしまう程度の今までの遠出とはわけが違う。
ゆめさきは、ぐんと風を蹴った。地上を歩けば広々とした宮廷も、空からだったら簡単に抜け出せる。
城壁を越えて、大臣の屋敷の陰に隠れながら急降下。キョトンとする番犬にシーッと人差し指を立ててみせて、ゆめさきは水路へと、ふわりと高度を下げた。水の匂いを感じるくらいの水面ギリギリを、係留された舟を避けながら飛んでいく。
ゆめさきは、小さなあらしのぬくもりを抱きしめ、風を切って微笑んだ。
「さあ、冒険の始まりよ!」
キュルル、と、あらしが喉を鳴らして、空飛ぶおてんば姫の声に応えた。
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