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マリア
自室に引っ込んだマリアは後ろ手にアコーディオンカーテンを引いた。
片側が壁に面している角部屋で、出入りドアはアコーディオンカーテンであり、ついでに隣との仕切りでさえ、アコーディオンカーテンだ。
40号のキャンバスを横向きにしたくらいの幅しかない板間の部屋の先には窓があり、南側を向いていて明るい。この部屋のただ唯一の長所だ。
窓際には出て行った時のまま、掛け布団を間に挟んで二つ折りにした布団が置いてあり、その上にはチューリップ模様のマルチカバーがおざなりに掛けてある。
マリアはカバーを勢いよく剥がすと、折った布団を元に戻し、その上に大の字になって寝転んだ。
「あー、疲れた」
小声でごちる。
目を閉じると、先ほどまで描いていた漫画の背景が蘇った。
マリアは背景専門のアシスタントをしている。漫画家の間では、リアルな描写とキャラを潰さない背景描きとして、一定の評価を得ている。
先ほどまで描いていたオフィスビルの背景は、丸の内と新橋のビル群を融合させたマリアのオリジナルだ。
本当はビルの隙間に居酒屋を描き込みたかったのだが、漫画家の希望で、居酒屋ではなく今風のカフェに差し替えた。
あのビル群にはあの居酒屋が必要だった。あんなカフェ、全然似合わない。あれであたしの絵はくだらないゴミ屑になったのよ。と、グジグジと頭の中で吐き捨てる。
「今更言ったところで、あたしには関係ないけど」
横向きになり、体を丸め鼻を鳴らすとふいに、鼻腔をくすぐるコーヒーの香りが漂ってきた。
「あ、コーヒー飲むの忘れてたわ」
どうせこんな気分じゃ眠れるわけないのよ。そう思いながら体を起こし、アコーディオンカーテンを開け外に這い出た。
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