【1】ライバルとの過ち

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 ムッと表情を堅くした神谷から視線を外し、私はなんて軽薄な発言をしてしまったのだろうと、罪悪感にうつ向いた。  神谷は十代の頃に、父親を交通事故で亡くしている。身を粉にして働き、一人手で立派に育てて上げてくれた母親も、三年前に大病を患い、市内の病院で入退院を繰り返していると聞いた。 『こう見えても、意外と苦労人なんすよ』  いつかの飲みの席で、おちゃらけながら話していた彼の姿を思い出す。 「あーあ……なんかテンション下がったなぁ……。どうやって、機嫌直して貰おうか」  神谷の指先が、まだ乾き切っていない、私の耳元の髪を撫で上げた。  二重のシワがくっきりと刻まれた、彼の真剣な瞳に捉えられ、私の心臓はどくどくと血の巡りを早め始める。  形のいい薄い唇が徐々に近付いてきた時、昨晩の私がこの部分に触れてどう感じたのか……。 「……か、みっ──」  思い出せない記憶に、興味が湧いてしまった。
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