墓石が乾かぬうちに

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「パパ……」  ミラーが目を覚ました。彼の死を偽装してから数日が経っても、ハワードはミラーがいつ幼児退行から抜け出して冷酷な殺人鬼に戻るのではないかと気が気でなかった。ミラーは隣に座るハワードに手を伸ばして言った。「ぼくの指はどこにいったの?」  ハワードは返答に困った。ミラーの幼少期に身についた自己防衛なのかは定かではないが、マイキーになってからのミラーは一晩経つとその日の記憶をなくしてしまうようだった。ハワードを〝パパ〟と呼び、彼を慕うそぶりを見せた。彼の左手の親指と奥歯をハワードは奪った。その事実すらミラーは忘れてしまった。  ハワードの妻子を殺したことも、彼がこの場所に囚われている理由も、今のミラーは何ひとつ覚えていないのだ。  しかし、このままミラーを解放することは不可能に思えた。  もしも今の彼が演技だったら。ここから逃げ出すために嘘をついていたら。自由を手にし、これからも殺人を続けるのではないか。そしていつかハワード自身を殺しに来るのではないか。  さまざまな憶測がハワードを縛る。不安に悩まされるくらいならば、ミラーを永久に繋いでおくほうが世の中のためだと思った。 「パパ、指がいたいよ」  ガーゼと包帯をきつく巻いた左手を持ち上げミラーは言った。「ぼくの指はどこにいったの?」 「……マイキーは病気だったんだ」  ハワードは差し出されたミラーの左手を取り、親指のつけ根にキスをした。ミラーの身体がびくりと揺れた。 「指を切らないと悪いものが全身に転移してしまう。わかるね」 「どうしてぼくは病気になったの?」 「全部〝パパ〟のせいなんだ。マイキーは何も悪くない」 「パパのせい?」  ハワードは嘘を織り交ぜながら真実を告げた。「そう、パパのせい」  ミラーは首をかしげたが、それ以上追求することはなかった。
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