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「隆宣君、あのことを話すけど、いいよね?」
予想どおり、大橋さんはそう俺に確認してから、翔一郎さんに本番前の出来事を話した。
「なんとか穏便にと思ってたけど、もう無理か」
深いため息をついて、両手で顔をこする翔一郎さん。大橋さんが驚いたような顔をする。俺達と今井さんの間にあったことは知らないから、当然か。
「俺はバンマスとして、このツアーを無事終わらせなきゃならない」
すぐに顔を上げ、きっぱりした言葉。やっぱり、二人きりじゃなくてよかった。無理してるのが透けて見えて、せつなくて。
「なにかある前に、マネージャーには俺から言うよ。大橋君、今日は気づいてくれて本当にありがとう」
必要なことだけを言うのが精一杯のように、俺には見えた。俺も大橋さんも黙ってうなずき、俺達はしばらく無言で酒を飲んだ。
「あの、こんなこと言ったら、翔一郎さんの気を悪くするかも知れませんが……」
ビールをあおってから、大橋さんがそろそろと切り出す。
「ん、なに?」
「いやあの、もしかしてあの人、翔一郎さんのバンドに入れなかったこと、根に持ってるのかなって……」
言葉をなくす。知らん顔で代役こなして、その上後釜になろうとした? 嫌悪感のあまりか、寒気が走る。どこまでもひどい。
「そう、か……」
翔一郎さんは消え入りそうな声で言い、少し、微笑む。傷を隠す笑みだ。
「あの、えっと、俺が言い出したことじゃないです。何人かでそんな話になったことがあって……」
まずいことを言ってしまったと後悔したのか、大橋さんがあわてて言い訳にもならないことを言う。
「だったら、なんで俺に嫌がらせしないんだろうな」
つぶやく横顔は今にも泣きそうで、酔ったせいか泣くのをこらえたせいか、目が赤い。うつむいてやたらとウーロンハイをかき回し、行き場のない感情を紛らわせているかのようだ。見ていて、つらい。
そんな翔一郎さんを見た大橋さんも、申し訳なさそうに顔をゆがめる。
「すみません、ホントにすみません」
「いや、悪いのは俺なんだ」
うつむいたまま、翔一郎さんはまた笑った。心が血を流しているのが見えるような、もろい笑顔。
俺も大橋さんも、翔一郎さんの言葉の意味を、それ以上聞けなかった。
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