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「そうよ、私は頑張ってるんだから。このアイスみたいにシャキッとせずにダラーとしてないわよ。こんなダラーとしたところを見せつけられるとなんだか腹が立ってくるのよね」
店員が運んできた追加のビールを受け取りながら健人はまた優しく妹に言葉を掛ける。
「だから、アイスも恵子と同じだって」
「だから、どういうことよ?」
会社で頑張りすぎているせいか、妹という立場に存分に甘えて兄に絡み始めた。
「昔、理科で習っただろう?」
「理科?」
「ほら、潜熱ってやつだよ、潜む熱って書いてセンネツ」
「さぁ、そんなの習ったっけ?」
「まったく。沸点とか、融点とかの実験したろ、小学校か中学校くらいで」
「ああ、水を入れたビーカーに温度計を指してガスバーナーで温めていくやつ」
「そうだよ、それだよ」
恵子はちょうど通りかかった店員にハイボールのおかわりを頼む。
「で、その潜熱がなんで私と同じなの?」
「今まさにその溶け始めているアイスはその潜熱を周りから吸収してるんだよ、だから溶けてるんだよ」
「どういうこと?私、酔っ払ってるから難しい話はわからないわよ」
「酔っ払ってるせいにしやがって。ちゃんと勉強しなかったせいだろう」
「失礼ね、覚えてないだけよ」
「威張ることじゃないだろ」
店員がハイボールを恵子の前に置いていった。
「冷凍庫でアイスは固体だろう、それが学生の頃の恵子ってわけだ。冷凍庫のままの環境ならアイスも固体のままでいれたってことだよ」
「それで?」
「アイスが冷凍庫から室温に取り出されて、周りの温度が変わったところにやってきたから、今、一生懸命、液体になるために熱を吸収してるんだよ」
「なんでわざわざ液体になるの?」
「環境が変わったからだよ。冷凍庫よりも熱い環境に変わって、新しい環境で居続けるためには固体でいるよりも液体でいる方がアイス自身が楽に過ごせるからだよ」
「つまりアイスはこうやってダラーとしているように見えて一生懸命、周りの熱を吸収しているってこと?私と一緒じゃない?」
「だから、そう言ってるだろう、さっきから」
恵子はハイボールを口に含み、うなずいてゴクリと飲み込んだ。
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