潜む熱

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潜む熱

「あなたももっと頑張りなよ」 恵子(けいこ)は目の前でだらしなく形を崩していく抹茶のアイスクリームに向かって酔いに任せて励ました。 金曜日の居酒屋は恵子と同じような仕事帰りのスーツを(まと)った客で賑わっている。 「文句、言ってないで早く食べろよ、この酔っぱらいが」 恵子の6つ年上の兄の健人(けんと)が言葉遣いこそ乱暴だが優しく相手をしてくれている。 新入社員はなにかとつらいものである。 恵子も大学生の甘ったれた気持ちを卒業し、仕事を早く覚えたい一心で奮闘している。 社会人としても先輩である健人も6年前の自分の姿を妹に重ね合わせ、恵子が抱えるストレスをよく理解している。 今夜の居酒屋を予約したのもそんな健人の想いからである。 「もう6月になったから会社の人たちも本格的に指導し始めてくれてるんだろうよ」 そんな健人の言葉を聞き流すように、焦点が今ひとつ合わない眼差しで恵子は先程からずっと抹茶のアイスクリームを眺めている。 「私は別に文句を言ってるんじゃないのよ、励ましてるのよ、もっと頑張んなさいって」 「アイスにか?」 「だって、手を付けないとこんな風にダラーってしてきちゃんだもん、このアイス」 店内の熱気も手伝ってアイスクリームは角という角が取れて丸くだらしなくなっていく。 「言っとくけど、このアイスも恵子と同じように周りの環境に順応しようとちゃんと頑張ってるんだからな、だから溶け始めてるんだからな」 健人はゴクリとビールを喉に流し込むと追加のビールを店員に注文した。 「どういうことよ?私は頑張ってるわよ、先輩にあれこれ言われながらも素直にはいはいって」 「そうやって、周りの環境に早く馴染もうとしてるってことだろ、恵子も」
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