溶ける香りの記憶

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母はもう長くはない。 数日前、父からそう電話で告げられた時、まるで現実味が無かった。 誰か他人のことを聞かされているような気がずっとしていた。 こんな形で久しぶりに家族が揃うけど、なるべく普段通りにしようね、と妹と言っていたのに急に妹がボロボロと涙を流すものだから、私も我慢できなかった。 年老いた父と母の前で、もうすっかり大きくなった私達姉妹はただ泣くだけで、母を元気付けるどこか、言葉すらかけてあげられずにいた。 幼い頃のように、父と母は私達を微笑みながら見つめていた。 ごめんね、お母さん。 涙を拭いて私が言うと母は、微笑んだまま頷いていた。 まだ何もしてあげてないのに、親孝行もできてないのに、 と涙を止められないままの妹が口を開いた。 いいのよ。大丈夫。 父と目を合わせながら母が言った。 あなた達が小さい頃にもう、うーんと幸せをもらってるから、お母さんもお父さんも、もう何もいらないよ。 今になってよく思い出すのよ。あなたたちがお父さんのコーヒーと私が出したトーストを仲良く二人で食べてる姿を。 可愛いかったなぁ。
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