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予鈴が鳴ると沙穂さんはあっさり一組へと去って行った。
教室に入った夏目くんと私は無言で席に着いた。夏目くんの拗ねたような沈黙が息苦しい。いつもみたいにお喋りしてほしい。
「ねえ」
「何よ」
「お返しのタルトは?」
私の方から話しかけたのは初めてかもしれない。
いつもいつも私は待っているだけだった。友達でも何でも。自分から求めなければ欲しいものなんか手に入るわけがなかったのに。
たった三十センチほどの夏目くんとの距離が、とても遠く感じてしまう。
今まですぐ近くにいるように感じていたのは、いつも夏目くんの方から歩み寄ってくれていたからだったんだ。そんなことに今更気付いた。
「買ってあるよ。八木ちゃんの好きな塩ショコラ」
「じゃあ」
「でも、あげない」
「え⁉」
ビックリした私の顔を、夏目くんは口を尖らせて睨んだ。
「俺とお喋りするのは単にお隣だからじゃなくて、俺のことが好きだからだって言ってくれなきゃあげない」
「何それ」
プッと吹き出した私は、ニコリともしない夏目くんの顔を見て笑いを引っ込めた。冗談……じゃないの?
「俺が浅田ちゃんと付き合い始めたって思ってたんだ?」
「うん」
「なんで? 俺が欲しがってたのは、八木ちゃんからのチョコだけだったのに」
「そんなの知らないよ。みんなにチョコくれって言ってたんでしょ?」
「言ってない。八木ちゃんにしか言ってない。みんながくれたのは明らかに義理チョコじゃん。それを断ったら、それこそ勘違い野郎でしょ」
「だって夏目くん、みんなからチョコもらって喜んでたじゃない」
「別に喜んでない。あの時は八木ちゃんからチョコもらえて浮かれてただけ。一目見て手作りだってわかって、俺がどれほど舞い上がってたと思う?」
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