133人が本棚に入れています
本棚に追加
夏目くんの言葉の意味がだんだんわかってきて。
何だか顔が熱くなってきた。
フッと緩んだのは夏目くんの目と口元。もう私を睨んでいないし、拗ねたみたいに尖ってもいない。
「やっとわかった? 俺がどれだけ八木ちゃんに惚れてるかってこと。俺の彼女になってくれるなら、塩ショコラタルトあげるんだけどなぁ」
「ええっ⁉」
何、その交換条件。ビックリして立ち上がったら、クラスのみんながニヤニヤしながら私たちを見ていた。先生まで。
「本鈴はとっくに鳴ったんだが、授業よりこっちの方がみんな気になるみたいだから成り行きを見てた。で? どうするんだ? 八木」
「先生、授業始めて下さい」
金魚のように口をパクパクするだけで答えられない私の代わりに、夏目くんがぶっきらぼうに答えた。
「返事を聞くのが怖いんだろう? 夏目。タルトを餌にするなんて情けない」
やれやれと首を振る先生に、また夏目くんは拗ねた顔をした。
「仕方ないでしょ。なりふり構ってられないぐらい必死なんだから」
「だとよ、八木。夏目がいい奴なのは先生が保証する」
「サンキュー、先生。愛してる!」
「バカ。言う相手が違うだろ?」
あ、そっかと呟いた夏目くんは私をチラッと見てから、コホンと咳払いをした。
「愛の告白は二人だけの時にするんで、先生、授業始めて下さい」
その日一日、私が挙動不審だったのは無理もないと思う。
毎回休み時間になると、夏目くんに話しかけられる前に席を立って女子トイレに駆け込んだから、また下痢していると思われたかもしれない。
トイレではどういうわけかみんなに良かったねと声を掛けられた。嫌味なんかじゃなく温かい笑顔で。
どうも私はみんなに近寄り難く思われていたみたいで、今朝の夏目くんとのやり取りで親しみを覚えてもらえたらしい。それがすごく嬉しかった。
六時間目の授業が終わって、そそくさと帰ろうとしたら夏目くんに手首を掴まれてしまった。
「ねえ、八木ちゃん、タルト欲しくないの?」
「欲しいけど……」
交換条件を呑まないとお返しをくれないって、ズルくない?
「じゃあ、今夜八時に笠井駅南口の時計の前で待ち合わせね」
「八時?」
「俺、これから部活だから。教室で待っててくれたら一緒に帰れるけど、その方がいい?」
どうして、その二択なのよ。
最初のコメントを投稿しよう!