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約束の八時ちょっと前。
夏目くんに挨拶すると言っていたお姉ちゃんは、夏目くんが来る前に迎えに来た時哉さんと手を繋いで去って行った。
破局の危機だなんて言って嘆いていたお姉ちゃんは、時哉さんに婚約指輪を差し出された途端、号泣した。
時哉さんがデート中、上の空だったのは、まだ大学生のお姉ちゃんにプロポーズするかどうかで迷っていたせいらしい。
「ゴメン! 待った? え⁉ なんで泣いてるの?」
待ち合わせ場所に白い息を吐きながら走ってきた夏目くんは、私の赤くなった目を見て焦った顔をした。
「ただのもらい泣き。さっき目の前でお姉ちゃんがプロポーズされたの」
「マジ⁉ お姉さんって二歳違いだよね? となると、俺はまだ入社二年目になるところか。それはちょっと無理だけど、八木ちゃんが大学卒業する頃には俺もプロポーズできると思うよ?」
「え……何言ってるの?」
「何って、俺たちの将来の話。八木ちゃんにはずっと俺の隣にいてほしいからさ」
照れたように笑った夏目くんの言葉が、じわじわと私の心の奥まで沁み込んでくる。
「さてと、運命の瞬間だな」
そう言って夏目くんは大きく息を吸い込んだ。夏目くんのこんな真剣な顔を見たのは初めてかもしれない。
「八木ちゃんを笑顔にするためなら何でもするから、俺と付き合って下さい!」
さっき時哉さんが跪いた場所で、夏目くんは直角に腰を折り曲げた。
たぶんお姉ちゃんの言う通り、難しく考えることなんてない。自分の正直な気持ちに従うだけ。
「はい。ずっと夏目くんの隣にいさせてください」
感極まったみたいに無言で抱きついてきた夏目くんを、私は今度こそ真正面から受け止めた。
END
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