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「八木ちゃん、おはよ」
「おはよう」
「ねえねえ」
「何?」
「チョコは?」
「あ、ちょっと待って」
「え?」
「はい、どうぞ」
「ええっ⁉ ホントにくれるの? マジ? サンキュー‼」
あんなに催促しておいて、そんなに驚く? 大袈裟に喜ばれると恥ずかしいんですけど。
抱きつこうとした夏目くんの腕をサッとかわして、周りをそっと窺う。
こんなチャラい男だけど、顔が整っているせいか夏目くんは女子受けがいい。彼と馴れ馴れしくして下手に女子の反感を買ったら、体育の授業の時に困るのは私だ。
私にハグをし損なった夏目くんは拗ねたような傷ついたような顔をしたけれど、私は見て見ぬフリをした。
毎日話しかけてくれる夏目くんには感謝している。でも、女子だけの科目の時に風当たりが強くなるのは避けたい。
案の定、少し離れた席の女子たちがチラチラとこっちを見ている。
そのうちの一人が席を立って、こちらにやってきた。美人で有名な安藤さんだ。
「夏目くん、私からもチョコあげる」
「サンキュー! 安藤ちゃん」
夏目くんは満面の笑みで安藤さんからチョコを受け取った。
「夏目くーん、私もー」
教室のあちこちからも声が上がる。
……なんだ。そういうことか。夏目くんは手当たり次第、女子に声を掛けていたのだろう。『チョコ頂戴』と。
席を立った夏目くんはサンキューを繰り返しながらチョコを受け取って回り、廊下から他のクラスの女の子に呼ばれて、そのまま出て行ってしまった。
「あれ、一組の沙穂じゃん。あの子、夏目くんに本気なんでしょ?」
「夏目くんも満更じゃなさそうだし、くっつくんじゃない? あの二人」
知りたくもないのに、そんな会話が耳に入ってくる。
夏目くん、バカじゃないの? 好きな子がいるなら、その子からのチョコだけを待っていればいいのに。
夏目くんの机の上に置かれた自分のチョコを猛烈に取り返したくなって、私は膝の上で拳を握りしめた。
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