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「まさか! そんなことしないよ」
ヘラッと笑った夏目くんは、ここだけの話だけどと言いながら私の耳元に顔を近づけた。
「他の女の子たちにはスーパーで安いクッキーを買ってくるつもり。だけど、八木ちゃんにはとびっきりの笑顔で喜んでもらいたいから、超お高いタルトでも何でも買っちゃうよ、俺」
「いや、別にあそこのタルトはそんなお高いもんじゃないけど……」
「あー、八木ちゃん、なんか甘くていい匂いがするぅ」
戸惑う私の首元で、夏目くんはクンクンと鼻を鳴らした。
「ちょっとやめて」
思わず夏目くんの身体を押しのけたのは、恥ずかしかったからだけじゃない。廊下を通りかかった女の子にひと睨みされたからだ。
あれは確か”一組の沙穂”さん。……夏目くんの。
「やめてって、何よ?」
「やめてよ。匂い嗅ぐのも、そういう調子の良いことばっか言うのも」
みんなには聞こえないぐらいの小声で。でも、キッパリと言ってやった。
「調子の良いことって……俺、本気よ?」
またそんな拗ねたような顔しちゃって。
「じゃあ、お返しはタルトでお願いします」
それだけ言って立ち上がると、夏目くんは慌てたように私を見上げた。
「八木ちゃん? なんか怒った?」
「別に。トイレに行くだけ」
「良かったぁ。行ってらっしゃーい」
夏目くんにヒラヒラと手を振られながら教室を出ると、まだ廊下に立っていた一組の沙穂さんがトイレまで追いかけてきた。
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