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終章 四 月夜の千歳桜
四 月夜の千歳桜
初音が目覚めてから、二週間ほど過ぎたときのことだ。
「初音さん、初音さんだいじょうぶ?」
(だれかが、わたしの体をゆすっている……ああ、四の宮だ……四の宮の声がする)
四の宮の温かい手が、初音のほおにふれた。
初音は、がばっと布団から身を起こした。
四の宮が心配そうに、初音の顔を見ている。
「あなた、うなされていたのよ。悪い夢を見ていたのね」
「――夢?」
「どんな夢だったの?」
「わかりません……」
(わたしは、金色の雲の中にいて、蝶を追いかけていた。だれかが、わたしを捕まえて、振り向いたところで、目が覚めた……。いったいどこからが夢で、どこからが現実なんだろう……)
初音は頬が、涙にぬれていることに気づいた。
初音はぼんやりと外に目をやった。
(何一つ変わってはいない。だけど何かが欠け落ちている気がする――)
それから三日たった夜のこと。
初音は自室の窓から月を見あげていた。
いつからだろうか。
眠れぬ夜は月を眺めて、心を静めるのが習慣になったのは。
「今、あの人も、同じ月を見ていたらいいのに」
初音はポツリとつぶやいた。
そして、口にした言葉におどろいた。
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