終章      四  月夜の千歳桜

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 なぜ、千歳桜はひっそりと、この部屋に隠されるように奉納されているのだろうか。  わたしの知らないところで、何かが起きているのだ。  どうして、だれもわたしに話してくれないのだろう――。 初音は千歳桜を見つけた日から、だれにも告げず、毎晩のようにその部屋へ通った。  ひらり  ひらり  桜の花びらが、初音を誘う。 (何か大切なことを思い出すかもしれない)  最初のうちは、何も起こらなかった。  ただ、その弓にそっとふれているだけで、不思議と心が落ち着いてくるのだった。  初音はだれにも言えない胸の内を、弓に語るようになっていた。 そして静かに弓と共鳴していると、言いしれぬ心の痛みが引いていくのを感じた。  ひらり  ひらり  桜の花びらの中で過ごすうちに、初音はだんだんと夢を見るようになっていった。 (あなたは)  夢の中に現れるのは、きまって一人の少女だ。  自分とそっくりな顔かたちをしている。  彼女はなにかを話しかけようとしている。 (だめ、何もきこえない)  彼女は少し困ったような顔をして、初音の手をとった。 冷たい無機質な手を通して、映像が流れこんでくる。  綾乃島、神社に、試練の洞窟。空蝉さまに若宮たち……。  そして最後に――。  桜の花びらが降りしきる中、ひとりの青年の姿が映る。     
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