終章      五  蝶が還るとき

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終章      五  蝶が還るとき

五  蝶が還るとき  上巳の祓から一ヶ月たったころ、初音は朝の勤めのあと、いつもどおり空蝉の部屋に膳を運んでいった。 「五の宮、体の具合はどう?」 「はい、最近調子がいいみたいです」 「どこか痛むところはない?」 「いえ、ありません。ですが――」  空蝉が初音を探るように見た。 「どうしたというの?」 「前より、うらかたの練習の、精度があがってきた気がします」 「そうですか」 「しかも、小指が痛まないんです」  なぜ仙力を使っても、なんともなくなったのか、初音も不思議だった。 「まあ。それはすばらしいこと」  空蝉は目をかがやかせた。 「これも日神さまのご加護かもしれないわね」  満開の桜の季節。  初音はその夜も、拝殿の奥の間にひとりたたずんでいた。  目の前には神財の入った朱櫃がある。  初音は神財に話しかけた。 「千歳桜よ、力をかして」  右手を伸ばして、千歳桜を手にとる。 「あの人を呼びたい」  初音が言葉に出して言うと、右手首の蝶の痕がふいに輝き始めた。  光る蝶が月明かりのもと、拝殿の中を飛び回る。  薄紅色の桜の花びらが舞散っている。  光る蝶の群れは集り、一人の人間の形となった。     
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