終章      五  蝶が還るとき

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 白い詰め襟を着た青年が、初音の前に立っている。  優雅な容貌の、背の高い青年だ。 「初音……」  青年は、驚いたようにあたりを見渡した。 「ここは綾乃島……。おれを呼び出したのか」 「ええ」  初音は右手首を見た。  蝶の痕が薄くなっている。 「怪異が現れたのか」 「いいえ」 「ではどうして」 「あなたに会いたかったから」  目の前の青年は、ひどく動揺したようだった。 「初……、五の宮、きみはおれのことを知らないはずだ。会いたいなどと、思うはずがない」  初音はゆっくりと首を振った。 「いいえ。わたしはあなたのことを覚えていないけど、それでもあなたは、わたしのよく知っている人だと思う」 「何を言っているんだ。白昼夢を見るのはやめろ」  初音はもう一度首を左右にふった。 「最近、仙力を使っても、小指が痛まなくなったの。結晶化が止まったみたい」 「なんだって?」 「それどころか、以前あった小指の結晶化まで、治ってきている」  青年は初音に駆け寄り、初音の手をとった。  彼が、初音の華奢な手を握った。彼の手は、刀を握るためか骨ばった、かたい手のひらをしていた。 「本当だ」 「わたし、最近何か、とても大切なことを、忘れているような気がするの」 「……」     
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