終章      五  蝶が還るとき

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 胡蝶がからからと笑った。華やかな顔に、苦苦しい笑みがうかぶ。 「景雅、あなたうれしいのね?」 「何を言っている」 「愛しい初音が、あなたのことを思い出しかけている。もしかしたらそうかもしれない」 「……」 「わたしを失うほうがいいものね。初音があなたの記憶を取り戻したなら、わたしは完全に存在しなくなる。あなたの本当の望みは、わたしが存在しない世界。そうでしょう?」 「胡蝶、そんなことを言うのはやめろ……」  胡蝶の瞳が涙で光った。 (気の強い胡蝶が泣いている……)  初音の胸も胡蝶と同じく痛んだ。  ふりむいてはもらえない、その切なさは、封印されていた初音の想いとも重なる。  求めても求めても、空をつかむような、悲しさを初音は知っていた。  そして、今、胡蝶の意識が、初音に流れこもうとしている。   紅いあでやかな着物をまとった少女。  気持ちを持て余し、夕霧に甘え、怒りを発散するしか、想いを告げられなかった少女。 (これはわたしだ)  初音は胡蝶の鼓動を感じた。 (間違いなく、もう一人のわたし)    胡蝶が囁く。 「景雅。わたしのことを忘れないで……」 「きみのことも大切だった」 「景雅、わたしの想い人。さようなら、これでほんとうに、さようならね……」     
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