第一章 蝶の痕      一  日の宮

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夕霧は強く言い放つ。 「戻り伝えよ。これ以上〈綾乃島(あやのしま)〉に手出しをすることは、許さないと」    早蕨はうすく笑った。 「綾乃島の日の宮は、三年前に死んだ。そして、新しい日の宮は、いまだ現れていない」    夕霧はわずかに目を細めた。 「何が言いたい」 「つまり貴様らなど、我ら六条院の敵ではない。日の宮の加護がないとすれば、いくら綾乃島の衛門府(えもんふ)の者でも、仙力などたかが知れているってことだ」  言い終わらないうちに 早蕨の大剣が疾風のように襲う。  重い一撃をうけとめ、夕霧は瞬時にはね返した。   早蕨が片頬をあげる。 「ほう。やるな」 「……」 「綾乃島の日の宮がこのまま不在となれば、千年の長きにわたり続いた貴様らの支配も、終わりというわけだ」     早蕨のあざ笑うような口調に、夕霧はいっそう刀の柄を強く握りしめた。 「六条院が、綾乃島に取って代われるはずがない」 「自惚れるなよ。綾乃島だけが唯一の存在というわけじゃないんだぜ」 「……」 「新しい日の宮など、そうかんたんに現れはしない。いつまでも支配側にいられると思うな」  早蕨は人の心に、刃物をねじ込むような笑みをうかべると、 「夕霧とやら、貴様にこいつが倒せるかな?」    早蕨が左の手のひらを昏い天空に向ける。 「出でよ!」    瞬時に大きな虎が出現した。  体毛は白と黒、体中に、いましめの鎖が巻かれている。     
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