第一章 蝶の痕      四  夕霧

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 長い、長い抱擁。  今が、薄闇でよかった。 (まるで別れを惜しむ恋人たちのよう)  五の宮である初音が、こんな光景をだれかに見られたりでもしたら、とんでもないことになる。  彼の手がやっと離れた。 「あの、ありがとうございました」  初音が頭をさげると、 「べつに」  彼の口調は、最後までそっけない。  それなのに、どこかにあたたかみがあるような気がした。 (変、よね……。はじめて会った人なのに……)  けれども彼は、初音の名前を知っているようだった。 (あれは聞き間違い? そうよね、知り合いのはずはないもの)  初音の心は、波間にたゆたうように、ふしぎとゆれた。 
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