第一章 蝶の痕      一  日の宮

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第一章 蝶の痕      一  日の宮

一 日の宮  むら雲に隠れていた満月が現れ、ふたりの人間の姿をあらわにした。    あたりには、彼ら以外の人影はない。  対峙しているふたりは、どちらも武器をかまえ、相手の動きの気配を読もうとしている。   ひとりは青年。  年の頃は十八。  優雅な面立ち、長身に白い詰め襟姿。 右手には、ひとふりの抜き身の刀をかまえている。   この青年、夕霧(ゆうぎり)景雅(かげまさ)は、息を整えると、ゆだんなく相手を見据えた。 相手は大剣をかまえた男性だ。 砂浜に打ち寄せる波の音以外は、無音―― 静寂を破って、夕霧は一撃をしかけた。 渾身の一太刀。だが、 (かわされたか!)   夕霧は顔をしかめ、次の攻撃態勢に入った。  さきに言葉を発したのは、大剣をかまえた男性だ。 「なるほど、雲耀(うんよう)――雲に稲妻が走るほどの神速の剣、か」  年の頃は二十代半ば。頬に刀傷があり、左目に黒い眼帯をしている。歴戦の手だれといった雰囲気だ。 「かなりの腕とみた。この俺には通用しないがな。貴様の名は」 「夕霧」 「俺は早蕨(さわらび)だ」   夕霧は鋭い口調で言った。 「〈六条院(ろくじよういん)〉の者だな」 「いかにも」     
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