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第一章 蝶の痕 五 ともだち
五 ともだち
若宮たちの朝は早い。
初音も、綾乃島の空がしらみはじめるころには、目ざめるのが習慣になっていた。
ところが、そんな初音よりも、もっと早起きな生き物がいる。
布団の中で、目をつぶったまま耳をすませていると、渡殿を歩くかすかなコトコトというひづめの音がした。
あれでも彼は、渡殿を、しのび足で歩いているつもりなのだ。
初音はくちびるだけで、そっと笑った。
ふすまがあく。
初音は飛び起きて、小さな生き物を思いきり抱きしめた。
「つかまえた!」
「初音!」
初音の腕の中にいるのは鹿だった。まだ子どもで、背中の毛には白い斑点がある。
彼は自由になろうと、小さな前足をばたつかせたが、初音はますますぎゅっと強く抱きしめた。
「シロ、あばれたってむだよ」
「やだやだ」
シロの愛らしい、舌ったらずの子ども声が部屋にひびく。
「おかしの食べすぎはだめって、いつも言っているでしょう?」
「あれはぼくのおやつだぁ」
シロの目線は、机の上にのっている菓子器に向けられている。
菓子器の中の、せんべいをねらっているのだ。
「シロ、いい? おやつは、ちゃんとごはんを食べてから」
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