第1章

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 学生時代の最後のほうは、彼はほとんど家に帰らず、万引きをしたり、寺や神社の賽銭を盗んだりしながら、飢えをしのいだ。道端で寝て夜を明かし、冬の寒い日なんかは、マンションのエレベーターの中で寝て、たまに夜中、マンションの住人の乗り降りがあると、その音で目を覚まし、逃げるように別の場所へ移って、睡眠をとったそうだ。  中学校を卒業してからの、彼の生活については詳しく知らないが、卒業後お金を貯めて大阪に行き、母親の側で暮らしていたと聞いた。  彼が中学校を卒業してから、13年も経ったある日、ひょんな場所で彼と再会した。  正月開けに、弟と一緒に、地元である田舎町の温泉に行ったときに、偶然、彼も居たのだ。  弟は彼が地元に帰ってきていることを知っていた様子で、とくべつ驚いた風もなく、ボクに「全然変わってないだろ」と彼のことを紹介してくれた。  たしかに彼は、少年だったころっと、あまり変わっていなかった。人並み以上に苦労しているはずだが、年の割りに、幼い顔をしていた。  妙にテレくさそうに「久しぶりです」だかなんだか、そんな挨拶をしてくれたが、2日半前に、婚約者にフラれて、感情が壊死していたボクは、懐かしの再会に感動することもなく、口の中でなにかつぶやいて、会釈を返しただけだった。
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