第一章 -4-

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縁側に座り、笑顔の妹と目を細める祖母。父は祖父とどこかに出かけていて、千景は鯉を見ながら蝉の声に耳を傾けていた。つまんない、なんて口を尖らせて興味本位で向かった敷石の先。 千景は反橋を過ぎて敷石の上で立ち止まった。先にあるのは十年ぶりに見る古びた蔵。危ないから近づいてはいけないと言われていたあの蔵。  血溜まり。上がる血飛沫。飛び散る肉片。朱に染められていく白骨。人か、それとも獣か――判別できない恐怖。 背筋に冷たい汗が滲んだ。蜃気楼が現れるほど高温であるはずなのに、妙に寒く感じるのはどうしてだろう。  ざわざわざわ。あの時と同じように強い風が吹き始めていた。降り注ぐ蝉時雨と、見渡す限りに続く濃い青空。滴る汗は冷たく、皮膚には鳥肌。時刻は恐らくお昼前。 あの時と同じ――蒸し暑い小昼の頃。 蝉時雨が強くなっているような気がした。耳元で葉擦れの音が聞こえる。  十年ぶりの裏庭は、あの時と変わらない、古びた蔵がぽつんと取り残されているだけの侘しい空間だった。 辺り一面を高木が取り囲み、頭上の青空も極僅かしか見えない。その間隙からは微かな木漏れ日が降り注いでいる。  小石を踏みしめるたびに汗が伝ったあの頃。どうしてか不気味で、どうしてか怖くて。そんな感情は、十年経った今でも変わらない。いや、(むし)ろそれは増徴し溢れんばかりに膨らんでいた。     
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