序章

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 少女は庭園と言われるそこを歩き始めた。丁寧に整えられた植木と池に泳ぐ鯉。取り囲む大石に蔓延った苔。池からは庭を巡るように小川が流れ、それは家全体を取り囲んでお城に似せたお堀の役目をしている。  少女は池に架かっている反橋を通ると、朱色の手摺を握り締めて前方を見つめた。  行ったことがない裏庭。流れてくる不気味な空気。小石を埋め尽くした美しい歩道の先にはいったい何が待っているのか。  膨らむ期待とともに視界に入ったのは、空を埋める巨大な木々だった。竹垣の前に生えるそれからは木漏れ日が溢れ、外気とも遮断されている。閑散とした侘しい様。聞こえるのは蝉時雨ばかり。少女の前方には、虹色に光る奇妙な蜃気楼が揺れ、その先には邸宅以上に古色蒼然とした薄汚れた土蔵がある。 「だれか、いるの?」  声に重なるようにして、ざわざわと突風が幹を揺らせた。葉擦りは止まることなく大音量となって耳に届く。突如襲った突風に全身を震わせた少女は、葉擦りと蝉時雨の合間に不思議な音を聞いた。  ――うぉ。うぉ。うぉぉっ。  血走った獣の声。それは次第に大きくなり、やがて咆哮へと変わる。  少女は咆哮が聞こえる方向へと視線を向けた。近づいてはいけないと言われていた薄気味悪い土蔵。怖くなって辺りを見渡しても人の姿はなく、緊迫した拳に汗が滲む。     
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