序章

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 怯えて後退りした少女は、土蔵の鉄扉が僅かに開いているのを発見した。近づかなければ分からないほど僅かなその隙間からは、妙な生臭さが漂ってくる。  少女は全神経を隙間に集中させて中の様子を探った。誰かいるのか、埃に塗れた床にはちらちらと影が動いて見える。少女は息を止めてゆっくりと隙間に右目を当てた。縁はひんやりと冷たくて、汗ばんでいた額が一気に冷たくなる。鼻をつく生臭さに混ざって鉄錆が鼻腔にこびり付く。  中は息が止まるほどに熱気で蒸し暑くなっていた。日中なのに薄暗く、小窓から見える青空と僅かな陽射しが、焦げた茶色を埃で白に埋めている。 「あの――」  刹那、埃に赤い斑点が飛び散った。斑模様は眼球までをも赤に染める。  少女は視界が赤に染まり、瞬きを繰り返し大きく目を見開いた。開いたままの口内には赤く染まった埃が入り込み、生臭い鉄錆が広がった。その赤を確かめようと視線を落とすと、そこにはどこかで見たことがある白い塊が転がっていて、その正体に気づいた時、震えていた全身が一瞬で固まった。足は動かず、口元に手が張り付いたまま動かない。  ――手首。  両手の奥から自らの叫び声が聞こえた。     
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