序章

5/6
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
 痺れるほどの恐怖。喰い千切られて皮膚が伸び、その合間から真っ白な手骨が見え隠れする。流れる赤い血は少女の神経を麻痺させた。金縛りのような全身の痺れ。さらに、落ちている手首の先、手指が差す方向には奇妙なものが蠢いていた。  女性の長い黒髪。腕は人だが肩は獣。肩は獣だが胸は人。頬は人だが額は獣。腹は獣だが腰は人。足は人だが足先は獣。犬のように四つん這いになった、人なのか獣なのか判断が付かない奇怪な獣。しゃがみ込んでお尻を床に付き、両足を蛙のように大きく開いて背中を丸める。背には獣毛が生え揃い、時折見える唇は紅を引いたように赤く染まっている。  ――がり。がり。  髪を振り乱し、吼えながら一心不乱にむしゃぶりついていていたもの――零れ落ちる血肉を口いっぱいに詰め込み、息を吐き出すために荒い呼吸を鼻孔から噴出する。背中が蒸気を吐き出すように荒々しく上下し、その度に腕ほどもある尾が埃を浮遊させるように大振りに揺れる。尾に強打されて震える床。足裏に響く振動。  恐らくそれは、――人間だった人。  獣の腕の中で、だらりと撓った白い胴体。喰い千切られて手足がばらばらに転げ落ち、床には血が流れ、骨を噛み砕く音と肉を喰い千切り噛み砕く粘着質の音が鳴り響く。埃に塗れた壁には血が飛び散り、夢にすら見たことがない恐ろしい地獄絵図が広がっている。 「お、……あ、」  声にならない声が口を付いて、酷い血臭に胃液が込み上げてくるのを感じた。     
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!