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気が付くと、僕は自分の儚乃の肩の上で、自宅の前にたたずんでいた。僕の家は、ごくありきたりな住宅地の、二階建て一軒家だった。中には、少し天然の母親と、ちょっとケバイ大学デビューの姉、それに、無口でどんな仕事してるのかよく分からない父親が、ごくごく平凡に暮らしている。
「ほら、起きてよ! 着いたわよ」
彼女は、僕をまるで収集所にゴミを放るように「どさっ」とおろした。
そして彼女は、頭からかぶっていた僕の制服を「ぱっ」とはぎ取って、僕に「はい」と言って、返してくれた。
いつの間にか、あの激しい雨はやんでいた。
代わりに、鋭い西日が彼女の顔に突き刺さっていた。
僕は赤く照らし出された彼女の横顔を、初めてしっかりと見た。濃緑色のカサついた肌が、まるで乾ききったスライムのようだった。
「ゲッ、マジでゾンビじゃん」
つい、口が滑った。言って即、後悔した。
「……え?」
そのグリーンフェイスは、少し触れば剥がれ落ちそうな感じがしていた。
あの、男子の憧れの的だった美しい儚乃も、ゾンビィになってしまえば、こんなにも薄汚れてしまうのか、と、
当然だが、儚乃は口をへの字に曲げ、下唇を噛んでいた。
「ひどい」
「あ、ご、ごめん。気にした?」
その噛む力は衰えることを知らず、不気味に白い前歯だけが、その厚ぼったい唇を貫通してめり込んで、顔の下半部がひしゃげていた。
「するに決まってるでしょうが!」
そう短く言い切ったかと思うと、儚乃は突然、両手で顔を覆って、しゃがみ込んで泣き始めた。
「あ、ほ、本当にごめん。なんていうか、つい、その」
なんとか、取り繕おうと思っても、どうやって慰めればいいのか。
その答えが、見つからなかった。
その小さく震える方に、僕はそっと手を乗せるのが精いっぱいだった。
「……ないの」
彼女は、小さく呟いた。
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