グリフィンから帽子の君へ

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 しゃれたデッキハウスのような印象もある入口から見えている店内には、様々な服やその型紙のようなものが吊るされたり積まれてたりしている中、奥の一画で、たいていいつもひとりだけ、ミシンに向かっている女性の姿が見えるのです。  帽子をかぶっていて、他はシンプルなTシャツ姿で、どこか凛とした姿勢で、ミシンをかけるのに集中している。  ぼくはその姿を見ると、心に灯を灯されたような気がしました。  ああぼくも、そんなふうに、凛として作業に向かって行ければいいのだと、自分の一日を空しく思う心の貧しさを教えられたような気持ちになります。  その人はいつも、その夕方の室内で、いろいろな形の帽子を、自身の身体の一部のように被っていました。シンプルでも色味の複雑なTシャツと合わせて、花のガクのように、つつましい花びらのように、烈しい鳥のトサカのように、自らを覆うフードのように、王冠のように……身をやつす姫君のように、とぼくは思いました。  ある日の昼に、ぼくは仕事の打ち合わせに呼び出されて、元町の裏手のカフェでクライアントとランチをしていました。その時、トンネルの向こうの工房の話をしている三人の女性のグループが隣の席にいたのです。 「さとみさんの帽子」 という言葉が耳に飛び込んで来ました。 「さすがデザイナーとか思ったりするけど、まあ、ふつうは室内で被り続けたりしないから、商品化したところで、そう売れるものではないわね」 「そういう言い方するものじゃないわよ。わたし、立派だと思うわ。卑屈にならないで、自分でデザインするのを楽しんで帽子をかぶったりできるのって。わたしだったら、ウィッグにしてしまうところだわ」 「目立ってもかまわないって、その自信が、目障りだったりしない?」 「……病人にそう言う?」 「ほんとうに病人なの? やたらと仕事しているじゃない」 「髪がなくなってしまっているのは、がん治療の副作用でしょ。身体だってつらいんじゃないの?」 「転移の危険を抱えているってことでもあるよね。あたしも、さとみさんの帽子は、勇気の印だって思うし、できる間にもっと服を作りたいって気持ちもわかる気がする」
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