アイスクリームがとけるまで

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アイスクリームがとけるまで

狂気を帯びた夏の日差し、 夏草は禍々しく生茂る。 自らの葉の自重に押しつぶされそうな周囲の木々、昨夜の夕立、明け方の朝露の香りをほのかにとどめている。 頂上付近の断崖、谷底を走る清流、山麓を覆う樹木の間を渡ってきた風、夏の太陽に奪われた生きる力を僅かながら返してくれる。 標高850メートル地点、登山好きが認める山岳地帯とは言い難い。 でも、ここの風は生きている。 峠の茶屋 トタン屋根は所々が錆びている、看板の店名もかすれている。 黒色に熟成した柱と梁、 「あなた達は私の父母どころか曽祖父の時代の出来事も知っているのですね。」 古さと老いに対する醜悪は微塵も感じなかった。 この里山で生きとし生ける全ての命は、それぞれの時計で定められた「生」を精一杯謳歌し、そして、時がくれば山の土に戻り「無」に帰して逝く。 この古い峠の茶屋も里山のゆったりした時の流れの中で、ゆっくりと「無」に戻るまでの日々を送っている。 「峠の茶屋さん、お願いします。私を数字の呪縛に囚われた都会の時間から、かくまって下さい、ほんの僅かな時間で良いんです。」 年期の入ったテーブル、ひびが入った化粧板、花の模様はかすれて見えない。     
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