ありがとう

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 『受験は団体戦』なんて言葉は、地方の自称進学校の下らない常套句だと思っていた。結局最後は自分一人の力で戦うのだと、そう思っていた。  試験のあるキャンパスの近くに取ったホテルに、とぼとぼと向かう受験生。くたびれた様子で、お気に入りの音楽をヘッドフォンで聴いていると、背中を押されているように足取りが少し軽くなる。しかし曲と曲の間のほんの数秒の沈黙が、試験の内容を思い出させる。  日は既に沈みかけていた。滲んだような仄かに紅い空。悔しくて、泣きそうになる。ぐっと堪えて、力強く地面を踏みしめる。悔しさの出処を考え始めると、次々に先生の顔が浮かび上がってくる。闘ったのは他でもない自分なのに、どうしてか自分以外に申し訳なくて、この悔しさの中心に僕はいなかった。それがいい事なのか悪い事なのかを判断するものさえ僕は持ち合わせておらず、それを探るようにいつも以上に周囲を伺う。今朝は緊張していて余裕がなかったのだろう。この街は東京の一部といえども、警戒していたほどに都会っぽさはなく、むしろ共通点さえ見受けられた。     
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